ascii.fm

イベント・講演・ポッドキャスト・テレビ・ラジオの文字起こしメディア

"仕事になっちゃったら面白くないからさ" シネマテークスタッフが語る名古屋映画館事情

ワラビモチ愛好会のフィリップさんが、自身の「ワラビモ長者プロジェクト」というワラビモチと物々交換をするプロジェクトの一環でシネマテークの方に名古屋の映画館の歴史などについてお話を伺いました。
シネマスコーレはアジア映画、日本映画、インディーズ作品などを上映する名古屋の映画館です。

概要

  • インタビュー日:2008年
  • フィリップ(インタビューワー)
  • 平野勇治さん(シネマテーク支配人)
  • 仁藤由美さん(コアスタッフ)

名古屋の映画館事情とか、ミニシアター事情みたいなもの

フィリップ:一杯聞きたいことあるんだけど、あ、そうだ。名古屋の映画館事情とか、ミニシアター事情みたいなものを知りたいなと。私が知ってるのって、駅裏のシネマスコーレと新栄にある名演小劇場でしたっけ。と、ミリオン座も小劇場に入るのかな。と、一番存在感が大きいのはやっぱシネマテークかなとか思ったりした。

仁藤由美:人によりけりかもしれないね。

平野勇治:それは、そうだね。

フィリップ:あ、そっか。

仁藤由美:見る映画のジャンルかな。アジア映画がね好きな人とか韓流好きな人はやっぱりスコーレさん。シネマスコーレさんとか。

フィリップ:そこらへん、なんか不思議ですよね。3つくらい、やっぱ店が、んー。ロジウラのマタハリ(編注:cafeロジウラのマタハリ春光乍洩)と雑貨屋。中国雑貨屋みたいなのがあって。台湾、屋台みたいなのがあってシネマスコーレがあるから、ちょっと面白いな。

仁藤由美:ほぼ、似てる。その昔ながらの商店街は昔からあると思うんですけど、多分そのロジウラのマタハリさんとか、シネマスコーレさんとかは、集まった感があるかもしれませんね。でも、やっぱりシネマスコーレが一番早いのかな。

平野勇治:スコーレはうちと大体同じ頃に出来てるから。うちよりちょっと後に映画館としては出来たみたいなんですよね。最初は映画座で日本映画の古いのとかやってて、ピンク映画もやるようになって。それから何年かしてから、いわゆるミニシアター。単館系の劇場になっていったって流れがあるんですよね。まぁ、でも今の話の通りで、それぞれに個性があるっていうか、おのずとなんか違うタイプの映画をやっているっていうところがあって。どうしても時には「うちもやりたい、うちもやりたい」って、それは起こってくると思うんですけど。まぁでも基本的には、それぞれのカラーいたいなのが出てるのが今、名古屋らしいところっていうか。大阪なんかだともうちょっとそのカラーが、それぞれの劇場のカラーが薄いというか。はっきり分かれてるっていう風じゃ無いと思うんだけど。名古屋はまぁ、よく映画見てる人だと「これは、ここでやるんだろうなぁ」というような、ある予想が立って大体その予想が当たるのではないかというような色が、それぞれの劇場にあるんじゃないかとは思いますけどね。

フィリップ:東京とかでも、やっぱ色は薄いんですか。

名古屋の"単館系"事情

平野勇治:前はそうでもなかったと思うんだけれど、今は色んなことがあって。例えば拡大公開みたいなことがあるわけですよね。名古屋でもミリオン座と、なんだっけ。

仁藤由美:港と。

平野勇治:港のアマージンじゃないな。今のTOHOシネマズとか。

フィリップ:あのでっかい。

仁藤由美:そうそうそう。

フィリップ:最近出来た。

平野勇治:まぁそういう風に拡大公開を単館系の映画でもすることがあって。

フィリップ:ポニョみたいな。

平野勇治:例えば、ウルトラミラクルラブストーリーって映画が一昨日から始まってますけど。それはパルコにあるセンチュリーシネマと、あれなんだっけ。緑区の方にあるやつ。

フィリップ:私あまり大きいとこは、わからないんですけど。

平野勇治:の、シネコンで。

フィリップ:シネコン

平野勇治:拡大公開してるわけですよね。ある程度予算がかかって宣伝費もかかってる映画はある程度広げるっていうようになってきたんで。東京の映画館も、おのずとそれこそ今ミラクルラブストーリーが渋谷と新宿と有楽町。3館でやるっていうことに、なってるわけですね。そうすると、それぞれの劇場の色ってやっぱ薄くなっていかざるをおえないとこがあるから、うちでやってるんですよ。って。渋谷のシネマライズ渋谷っていう映画館なんかは、絶えず元々はうちでとんがった映画をやるんだっていう。うちだけでやるんだっていう風だったんですけど、そのシネマライズがある時期から拡大館になっていく。渋谷はうちでやるんだ。あと新宿もやってもいいよ。有楽町もやってもいい、どこどこもやってもいいよ。みたいな風な拡大公開をしていったことによって、どうしてもちょっとこう、色が薄くなっていっているっていう感じは、あると思うんですよね。

フィリップ:ふーん。

平野勇治:三好だ。

仁藤由美:それ緑区なんですか?(笑い声)

平野勇治:違いました。三好って何区?

仁藤由美:三好は、緑区のほうじゃないかもしれない。

平野勇治:違う?ほんと。

仁藤由美:(笑い声)

フィリップ:あ、そうだ。聞きたかったのがオールナイト上映とかもしてた時とかあるんですか?

仁藤由美:祭としてだよね。

平野勇治:ごくごくまれに。

フィリップ:1年に1度とか。

仁藤由美:夏休みぐらいに。ある時期。

平野勇治:ごくまれに。かつて。

仁藤由美:カルト映画ばかり集めてピンクっぽいっていうか、ちょっとエロな。

フィリップ:日活ロマンポルノみたいな。

仁藤由美:日活のも一本いれたりとか、そういうことしてましたね。

平野勇治:一回あったね。

仁藤由美:そこに石井輝男映画魂って本があるじゃないですか。石井輝男さんっていう人が作った、不思議な映画。(笑い声)そういうのとか、洋画のちょっと悪夢の映画っぽいものとか集めて。

フィリップ:夜っぽい映画。

仁藤由美:やっぱり、夜見てもいいかなっていう。今も昔レイトショーっていう映画の、ミニシアターの好きな企画をやるような時間帯みたいなものが。夜今うちだったら8時半とかぐらいから10時ぐらいまでの。そういう時間帯に好きなのをやってたんだけど、それの流れみたいな感じですね。

平野勇治:今は、同じ映画を一晩中やってるとかっていうことは、ほとんどやったことが無かったと思うんですけど。うちが出来てから。大体それ特殊上映で今言われたみたいに何本かやって。それがメインでやってる映画の公開記念とかさ、そういうのだったりするみたいな風にして、やってました。

シネマ―テイクでの舞台挨拶の話

フィリップ:私、実はシネマテークで舞台挨拶とか一度も見たことないんですけど。たまにやってますよね。

仁藤由美:そうですね。

フィリップ:あれは、どんな感じなんですか。

平野勇治:どんな感じっていうのは?

フィリップ:なんて言ったらいいのかな。出演者とか監督とかが来られる時って、バタバタしたりとか。楽しかったりとかするんですか。

仁藤由美:人と映画によりけりかな。みたいな。でも、なんていうんだろう。頓興でね、舞台挨拶して、それもこれも映画がただの映画、映画館で映画を再生するっていう再生装置としての映画館ってものが魅力に欠けてくると、生物を突きつけるといい。みたいな。映画って興業だからさ。人を呼ばんとするために、ありとあらゆる方法を考えて成立してる。本当に映画が作られた時からそうなんだけれども。宣伝して、大袈裟にね。なるべく「この映画を見たら本当に死ぬ」とか「ビックリするぞ」みたいな。そういう。

フィリップ:死ぬってどういうことですか。

仁藤由美:死ぬっての。死ぬってのは今ね一種のレトリックというか、大袈裟に言ったんだけど。

フィリップ:見ないと、死ぬほど後悔しますよとか。

平野勇治:かつて、本当に人が死ぬところが映ってるとかさ。そういうスナッフフィルムっていう映画。その今、人が死ぬ。人殺しのシーンが、この映画には映ってるんだ。って言って堂々と宣伝した映画とかあるんだよ。70年代に。

フィリップ:ギニーピックみたいなのとは違うんですか。

平野勇治:なに?ギニーピックって。

フィリップ:昔、宮崎勤とか見てた。リンチ映画みたいな。

平野勇治:そういうものなのかもしれないけど。全部、映画の世界の70年代で言ってたさ。本当に人が殺されとるぞってのは全部嘘なんだよ。全部、宣伝なわけ。人間がライオンに食われてるとかさ。全部嘘なんだあけど、それを嘘を許容するみんな「映画だもんね」っていうようなさ。そういう雰囲気があってさ。今言ってた「これ見ないと死んじゃうぞ」ぐらいの勢いでみんな嘘を言ってて。聞く方も「嘘だけど見てみようかな」みたいな空気が映画には。

フィリップ:偽物の。ホラー的な感じ。

仁藤由美:そうですよ。偽物。もう、それですよね。でも本当にそれが映画のいいとこっていうか。面白いところかなと思うんだけど。現実自分は70年代とか、子供の時に見た変な映画っていうのは、宣伝にそそのかされて。そのまま真に受けて行って「こんなことか」と思っても、怒るっていう風にはならないんですよね、別に。お金返せとか、そんな風には絶対思わないっていうか。やっぱり騙されるのが面白かったっていうのかな。なんか。

仕事になっちゃったら面白くないからさ

フィリップ:映画館の人たちって、その中で映画を見るのにハマった人と、本好きの人とかいるじゃないですか。それと近いイメージがあったんで。とにかくもう気が狂ったように映画が好きっていうような人とか。あと、映画を作りたいから映画館にいる人と、面白いことが好きだからなんとなく面白そうな映画館に来てる。そんなイメージがあるんですけど。実際どうなんですか。

仁藤由美:面白いことが好きっていうのは逆に今もうあんまり無い。面白いっていう・・・。

フィリップ:なんだろう。

平野勇治:仕事になっちゃったら面白くないからさ。

仁藤由美:(笑)

フィリップ:(笑)

平野勇治:今言われたので言えば、作りたいなっていうんでうちに関わってくる。作り手として出会って、うちのスタッフになってくれるっていうような人たちは何人かはいますよね。

フィリップ:今やってる、なんでしたっけ。女の子のとか。

平野勇治:そうそうそうそう。女子女子とかね。

フィリップ:女子女子。

仁藤由美:うんうん。そうですね。

フィリップ:平野さんと仁藤さんは映画にハマって来た。

平野勇治:俺はそうだよね、あの時期は。確実にハマってたと思いますよ。見る方にね。

仁藤由美:ただ、あれだよね。映画も本も音楽を聴くとか。そういうのの中で、ちょっと映画が一歩抜いてたかもしれないけど。でも、読んでるって言ったら本とかの方が多くない?

平野勇治:ん?ん?

仁藤由美:本を読むっていう行為はみんな、うち多分働いてる人みんなだと思うんだけど。日常的に凄く読むのね、多分。沢山。

フィリップ:それは映画と関係してる本なのか。

仁藤由美:いや、全然違う、映画の本も読むけど。自分の周辺にいた映画好きって言っている人は、映画も読んで本も読んで音楽も。レコード買ったりとかして。

フィリップ:全部一緒ってこと。

仁藤由美:全部、とりわけ映画がってことではなかった。

フィリップ:映画の原作を読むとかとは、また全然違う。

仁藤由美:それとは違うかもしれないね。

フィリップ:知的好奇心が旺盛。

仁藤由美:知的っていうかさ、そんなに知的なもんでも無いかも。普通。

平野勇治:正直こうやって話してるとさ。映画って楽だよなーと思うんだよね。今凄い目が悪くなっちゃったんで、しんどいんだけど。座ってると始まって、映ってるのを見てればいいだけじゃんね。本はなんか自分で1ページめくらなきゃいけないとかさ。

仁藤由美:めくるの大変?

フィリップ:確かに。

平野勇治:座ってるだけだもん。

フィリップ:ここ数年。ちょっと気力が減退してて。映画はよく見に来た。前より見るようになって。ライブとか行かなくなったんですよね。そんなに。

仁藤由美:でも本はさ、家ではっきり言って寝る直前まで読めるじゃない。

最近の映画で変わったことはありますか?

フィリップ:あと昔はフィルムが凄い貴重だったけど、今は結構誰でも撮れる時代になったじゃないですか。それで変わったなと思うこととか、ありますか。見ててとか。

仁藤由美:最初にビデオ映画っていうか、映画をビデオで見るんじゃなくって。ビデオカメラで映画を撮る。映画として撮り始めた時代っていうのが多分80年代の終わりぐらいだったかな。

平野勇治:うーん。そうだね。

仁藤由美:テレビとか。

フィリップ:8ミリとは違う。

仁藤由美:うん。8ミリとは別ですね。本当の今のテープのビデオがまず出てきた時に、一ついいのは撮れない。なんていうんだろ。山形ドキュメンタリー映画祭っていう映画祭行った時に、いきなりビデオ作品が結構増えていて。その時に、なんていうんだろう。金銭的な理由で撮れなかった人たちが、かなりプライベートな作品。プライベートだけれど、割と社会的な問題をはらんだ映画っていうのを撮ったものが増えた時があって。全体になんだろ。90年代の中ぐらいにアメリカのインディペンデント系の作ってる人もそうなんですけど、自分自身のことを語ったり。昔からもちろん、そういう映画を作ってる人たちは16ミリフィルムとかで8ミリとかで撮ってる人はいたんですけど。より機動力があるっていうのかな。照明とかもいらないから、かなり撮りやすい。家庭の中持ち込んで本来であればはばかられるような大きな映画機材を持ち込むのはちょっと難しいところにも生々しく撮れるっていうのかな。そういうのの時にはお金が無い人たちのところから発信すべきことっていうのが逆に多いわけじゃないですかね。そういうものが私たちも見られるっていうのが凄くいいことのように感じましたね。なんか。

平野勇治:端的に言えば、山形で言えばアジアの中国とかさ。台湾とかさ韓国とか。そういったところの、我々はまず映画祭で名前を知るっていうのかな。カンヌとか出てくると凄い、こんな国からもこんな監督出てきたね。なんて思ってたわけなんだけど。山形なんか行くとアジアのそれまで名前も知らなかったような沢山の監督がビデオで作品を出してくるっていうことがあってさ。それは、凄いいいことになった。

フィリップ:山形だけなんですか?そういう。

仁藤由美:えーと。

フィリップ:イメージフォーラムとかとは、また全然違ったものなんですかね。

平野勇治:あぁ。そのイメージフォーラムイメージフォーラムで、実験映画。個人映画っていうジャンルで。それはそれでビデオの予算てのが今言われた話の文脈の中でもあると思うけどね。だから、そのある種の社会性みたいなものを執拗に個の目から、個人の目から見て捉えていくっていう作品がアジアの中で凄いあったわけですよ。その山形の見た時に。それが一つの大きな潮流みたいなものになるのかなぁという感じはしましたけどね。

仁藤由美:テレビではもっと前からビデオをを使ってたと思うんですけど。やっぱりビデオが安くなって、みんなが持てるようになった。ただ、今ほど携帯でもムービーみたいなものが撮れるとか。そこまでにもいってない、微妙な時代ですよね。

フィリップ:携帯の映画ってあるんですか?

仁藤由美:映画は知らないけど(笑い声)

フィリップ:(笑い声)

仁藤由美:YOUTUBEとかにあるんじゃない。

平野勇治:まぁ、どこまでが映画なのか。どこからが映画なのか。映画館でやるのか、どうなのかとかさ。どう区切るかみたいなのはあるけど。

仁藤由美:一応その山形なんかも勿論イメージフォーラムとかPFFもみんなそうなんだけど。審査機構を通り抜けて映画祭で上映しましょうっていう。その、なんか審査的な目っていうものを、くぐった上で出てくる作品なもんだから。そういうある種のグレードっていうのかな。別にね、ネット上とかにある映像が劣ってるとか、そういう訳じゃないんだけど。そっちに逆にもっとプライバシー的とか、政治的にもっと意味のあるものが逆にネット上にあることも、あるかもしれない。でも多分、その頃はまだ本当にビデオカメラはとにかく必要だった。無いと撮れないっていう。でも、ビデオカメラも全員が持つんじゃなくて、ある種持てないけれどビデオカメラならなんとか、作れる。

フィリップ:志のある人。

仁藤由美:どうなんだろう。現存しなくてよかったじゃないね。

フィリップ:はい。

仁藤由美:それが、現像所に出してある種の時間を待って。で、編集するっていうそこの時間のところが、かなり短縮出来て。それで、さっき言ったみたいなアジアの映画とかそういうものが見られたっていう。それが、なんか感動っていうか。

フィリップ:それは今とは、またちょっと違う感じ。今の時代も色んなみんなが撮ってるドラマが違う。

仁藤由美:誰でも持って。うん、違うかもしれないよね。ただ、でも。一つの時代の流れだから。ここから先また、もう一つ作品を作るためのそういう機材みたいなものは、まだまだ開発されていくかもしれないし。でも、簡単に撮れるからって言って映画というものを作ろうと思う人と、いや映画はいいって思うことって、本当に分かれてるっていうか。やっぱり映画は映画なんだね。きっとね。

平野勇治:映画から始まったけど、テレビがあったり映像が今どこでもあるような風になってきたけどさ。それと今映画館てものがある限りは、ある限りはじゃないか。なんか、厳然と違う何かがあるんだと思うよ。

名物客とかっていますか?

フィリップ:家で集中して見れない、落ち着きがないんで、見れなくて。映画館来ると見れるから来てるんですけど。なんだろう。わかんないんですけど。必要な感じがする。

仁藤由美:映画館が?

フィリップ:はい。映画館が。何聞こうとしたんだろ。

フィリップ:そうですか。映画について、一つ少し聞いてみたかったのが、名物客とかっていますか。

仁藤由美:(笑)それプライバシーだから。

フィリップ:(笑)まぁ、別に。なんだろ。

仁藤由美:いい話?お客さんの。

フィリップ:いい話でもいいし、なんか凄い気になるお客さんとか、ちょっと変わったことをする人とかっていますか。

仁藤由美:んー。

フィリップ:なんて言ったらいいのかな。私、前ダライラマの映画見にシネマテーク来たら終わった直後に。

平野勇治:あー前で。

フィリップ:いきなりステージに立って。

平野勇治:うん。いたね。そういう人。

フィリップ:主張みたいなことを言う人とかがいるって。

平野勇治:時間があったらね、よかったんだけどね。入れ替えしなきゃいけないからな。

仁藤由美:そっかそっか。

フィリップ:怪しいけど。あぁいうのがあると、ちょっと面白い。

仁藤由美:拍手してたりみたいなことがあるかもしれないね。

平野勇治:そういうのはあるよね。

フィリップ:興奮しまくる人とか。

仁藤由美:面白かったね。みたいなことで、言ってらっしゃる方もいるんだけど、ほら、基本的にもう。うち休憩時間も短くてサクサクサクサク進めていかないと、映画が時間内に、一日の時間内に終わらないよみたいな状態に映画が詰め込んじゃってあるもんだから。時間が。そういう意味で、なんていうんだろ。お客さんが、これ見終わった後、満足する、して、尚且つ主張までする時間は、あまり無いかも知れないっていうのはあるかもしれない。

平野勇治:うん。無いね。

フィリップ:あと、この映画にこの客が来たかとか、そんなのはありますか?

仁藤由美:そうですね。あのね、昔は自分たちも含めて音楽映画っていうものは、なんか我々が若い時にパンクとかレゲェとか。そういう音楽映画、音楽っていうものが始まったからさ、いつまで経ってもそういう映画は、音楽は若い人の音楽だっていう風に、私たちこういう風に思ってるんだけど、今思うと、だからもう、そういうレゲェやパンクを聞く人は最初に聞いた人たちは既にもう40代とか50代とか60代とか、そうなっちゃってるっていうのがお客さんを見てると気が付くっていう。自分たちじゃなくって、自分をいつも見てるわけじゃないから、わかんないんだけどね。お客さんの客層を見て「そうか」と思って。

フィリップ:なるほど。

仁藤由美:昔の若者がやってくるって感じ。ちょっと笑っちゃう。

フィリップ:かつては若者だった。みたいな。

仁藤由美:そうそうそうそうそう。もう、全ての映画が。映画みたいなものが始まって、まぁ音楽もそうかも知れないけど、きっとね昔若かった人が、なんかこう。例えばサザンとか。そういう聞いてた人たちも、きっともう今、応援してる人ってのは昔からのままだから。結構なお年になっちゃうみたいな。そういうの、なんていうんだろう。あんまり気が付かずに。

フィリップ:だって、寺山修司の時代の人なんて、もう50…60近い人。

仁藤由美:そうそうそうそうそう。でもね、寺山はね不思議なことにね、こう10年に1回ぐらいのサイクルでうちもやってるんですけど、お客さんがまた若くなるんですよね。なんかその若い人がまたやってくる。

フィリップ:じゃぁ、結構幅広い歳の層。

仁藤由美:そう。そうかもしれないね。なんか前見た人は今もその寺山関連で作られてる作品が今年なんかも一、二作入ってくると「それは見てなかったんだけど、そんな作品があったんだ」っていう風に言われて、いやいや寺山の周辺の人たち。あの天井桟敷の関係者になるんだけど。そういう人たちがまた作ってらっしゃるんですよ。みたいな。

フィリップ:その辺の地下の、地下の劇場みたいなとこで寺山修司っぽい演劇やってる人たちいますよね。エイチツーなんとかみたいな。

平野勇治:はい?

フィリップ:なんか、あるんですよね。

仁藤由美:本当。その辺に?

フィリップ:今池の近くら辺

仁藤由美:そうなんだ。

フィリップ:池下の近くら辺に。

平野勇治:へー。

仁藤由美:へー。

フィリップ:あと、私でも寺山修司系の全然見たこと無いんですけど、前中村区に住んでた時に近所に住んでたおばちゃんていうか、もう60近い人が若い頃やっぱ劇団と凄い近しいとこにいて、そのお金を稼ぐために銀粉ショーに出てた。出たり、舞台に出てたって言ってビックリした。

仁藤由美:そういう人多いよね、なんか。私も同じマンションに、ずっとフランスに居た人なんだけど。もうやっぱ60いくつの人かな。言われたことがありますね。新宿とかで昔関係に居たことがあるという。凄い沢山の人が通り過ぎて行ったんでしょうね。その当時の。

フィリップ:ええと、前、得三でやってた。ハプニングじゃなくて。

仁藤由美:ううん。あの、だから、えっと

平野勇治:岩田さんだよ。

仁藤由美:そうそう。

フィリップ:岩田さんでしたっけ。私、司会したのに忘れてた、、(笑い声)

仁藤由美:そうだよね。

フィリップ:(笑い声)なんだっけ。あれの、息子っていう人に会ったことがある。父親がゼロ次元やってたっていう、私と歳一緒ぐらいの男の子で父親が昔名古屋で。

平野勇治:ゼロ次元。

フィリップ:ゼロ次元やってたとかって人に数年前に会ったことがあって、へーと思って。

仁藤由美:そうだよね。あそこもそうだよね。

フィリップ:人数が多い。

仁藤由美:辞めて、うちなんかもそのムーブメントってわけじゃないけれど、それでもやっぱり何かの関わりで映画作ってシネマテークで働いてて、それで辞めて卒業して辞めて行ってしまって、また何年かして顔出したりとか、そんなことは多いから。それこそ、その寺山修司の周辺の人って言ったら凄い人数の人がいますよね、きっと。

デヴィット・リンチとかどうですか?

フィリップ:全然話変わるんですけど、デヴィット・リンチとかどうですか。

仁藤由美:私大好き。(笑)

平野勇治:いいんじゃない。いいと思いますよ。

フィリップ:刺青かなんか、ハリウッドルオルタナティブって彫ってあるとか、なんとか。

仁藤由美:あぁ、リンチの?へー、そうなんだ。

フィリップ:それは、冗談なんですよね?

仁藤由美:いや、本気なんじゃない。

フィリップ:本気なんですかね。

仁藤由美:ハリウッドオルタナティブ

フィリップ:ていう刺青をしてるらしいんですけど。

仁藤由美:でも、ハリウッド自体に対するこだわりが強いですよね。今のハリウッドじゃないかもしれないけど。

フィリップ:昔のハリウッド?

仁藤由美:映画から見えてくるハリウッドは、古いハリウッド。幻想的な。ケネス・アンガーっていう実験映画の作家がですね。ハリウッドバビロンっていうハリウッドの噂話みたいな、凄く面白い本作ったんですけど。そういうのに出てくる世界っていうのかな。ちょっと奇妙な、裏側の世界っていうのかな。そういうものも勿論凄く意識した映画作りってうか。

フィリップ:日本にも、そういうシーンってあるんですか?

仁藤由美:東宝オルタナティブみたいな。それ、なんだろな、それは。

平野勇治:なんだろう。

フィリップ:誰になるんですか?

仁藤由美:誰に・・・

平野勇治:デヴィット・リンチに該当する。

仁藤由美:でもさ、鈴木清順はさ、日活オルタナティブでいいんじゃない。

平野勇治:日活オルタナティブ

仁藤由美:鈴木清順は、それだよね。きっと。

平野勇治:継父としては、あるよね。自分は、どこまで本当かわからないけど、正真正銘の日活映画を作ってやるんだって言ってても、言ってたわけなんだけど。出来上がった映画は全然違ってたっていうような。
ちょっと別のもんだね。みたいな。

仁藤由美:大島渚なんかもそうじゃない。吉田喜重は。

平野勇治:うーん。まぁ・・・

シベリア超特急は映画のオルタナティブ

フィリップ:シベリア超特急とかも。

仁藤由美:あ!シベ超!?シベ超は、映画のオルタナティブかもしれないね。(笑)映画全体のオルタナティブってやつ。

平野勇治:そうそうそうそうそう。

シネマテークの過渡期とは?

フィリップ:どうしよう。あと、何聞こうかな。シネマテークに関して、最近思ってること何か教えてもらえたら。

仁藤由美:(笑)平野さん、キメの言葉を。

平野勇治:無い、無い。

仁藤由美:(笑)

平野勇治:思ってることがあったらね、日々やんないといけないんで。

フィリップ:じゃぁ、始まってから今までやってきて、今はどんな時期にあたりますか。

仁藤由美:私は過渡期みたいなのが、終わった感じっていいうのかな。過渡期ってあんまりいい意味じゃ無いと思ってたんだけど、実は過渡期は今思うといい時期だったのかもしれないなと思って。

フィリップ:過渡期はいつなんですか。

仁藤由美:過渡期は、90年代はなんか80年代っていうのが自分が映画を見たいっていう気持ちも映画が沢山まだあるってことにおいても、もう本当にわくわくするような時代だったと思うんですけど。90年代になってから、映画の商業性みたいなものに自分自身でも、目覚めるところもあって、今はとりあえず仕事をしてる時期なんだなと思ったんだけど、実はそんなに一生懸命やってたわけじゃないんだけど。今過ぎてきた90年代を見ると、ある意味非常に幸せだったのかも知れないないたいな。

フィリップ:それって、バブルが弾ける前ですか。

仁藤由美:いや、もうバブル後ですよね。

平野勇治:うん。後。

仁藤由美:後で、90年代だから。どうなんだろう。今度は世界中にある映画の中で、やっぱり人が目をひくようなものは大体届けられるようになったんじゃないかなって思え出した。さっきのビデオの台頭も含めてなんだけれど。そういうものが、一杯一杯出てきて従来の映画の枠じゃなくなってきた。みたいな。その時、仕事してる時はとりとめもなくて。辛いような気もしたんだけど。今見ると、幸せだったんじゃないかなっていう風に思う。だから、過渡期だと思ってたんだけど、実は過渡期でもあるけれど幸福な過渡期を90年代は映画にあったような気がする。でも、いつも結構しんどいよね。苦しくて。

平野勇治:どんどんどんどん、しんどくなってるってのは事実だね。

フィリップ:それは、どういう意味でしんどいんですか。

平野勇治:何もかもしんどいね。

仁藤由美:うん。

平野勇治;うん。

フィリップ:映画業界がしんどいのか。

平野勇治:業界もしんどいし。

フィリップ:シネマテークがしんどいのか。

仁藤由美:シネマテークもしんどい。シネマテークはまず一貫して、しんどいからね(笑い声)

平野勇治:一貫してしんどい。うん。

フィリップ:私が来るときは割といつも人がちゃんと一杯いるような。

仁藤由美:そうやって嗅ぎ分けて来てるんじゃない?こう、人気のある映画を。

平野勇治:まぁ、そうやって。少しでもいる日なり、いる時間帯なりがあるから、まだ続いてるけど。っていうところがあるけど。

仁藤由美:あとまぁ、早い時間は早い時間でね。昔、そんな人が映画見ないだろっていう朝の時間っていうものに、仕事とか退職されてゆとりがあって時間的にも映画とかちょっとじっくり見ようか。みたいな人がコツコツ見に来てくれてるっていうことが。

フィリップ:コツコツって感じしますよね。

仁藤由美:コツコツって感じですね。

平野勇治:うん。そうだね。

仁藤由美:そういう人たちは、やっぱり映画のジャンルを割と不思議なことに一つのジャンルに閉じこもらないで、今ドキュメンタリーが面白ければそっちも見ようっていう。そういう意欲には燃えてる人も多いというか。

フィリップ:私も前、失業してた時に昼間に見に来て。昼間だったら空いてるだろうと。意外と、わーって人が一杯座ってて、凄いな。みんな一生懸命見てるんだなと思って。

平野勇治:本当に日本だけじゃないかもしれないけど、みんなの生活のサイクルみたいなのが変わってくるとかさ。それは多分ずっと、いつも変わってたんだろうと思うんだけど、やっぱりやり始めてから今に至るまでで、物凄く端的に変わって来てるよなぁ。っという感じですよね。今は。

フィリップ:今、今現在ですか。

平野勇治:うん。

フィリップ:端的に。

平野勇治:うん。だから、夜の会が凄くお客さんが来なくなってるとかさ。

フィリップ:え、そうなんですか?

平野勇治:うん。そうだと思うんだけどね。

フィリップ:昼は増えたんですか?

平野勇治:昼のある年齢層も仕事もしてないわけじゃない?仕事が無いっていうのか、していない。そういう年代。あるいはそういう立場の人が、平日の昼間来てくれるから、まぁまぁなんとか成り立ってるっていう風な感じがするんだけどね。

フィリップ:映画業界がしんどいっていうのは、どういう意味。みんなが映像を作れて、色んなメディアが出てきてるからなんですか?

仁藤由美:DVDがね、発売されるサイクルが早くなってるとか。そういうのもあるかもしれないけど。どうなんだろう。やっぱり、何年。長く20年ぐらい、こう映画を割と映画を選んでかけるっていう立場から見てみると、なんとなくね、映画の作品ていうものが、ある時からソフトと言われるようになってしまって。そうなることに抵抗もあったんだけれども、なんとなくそのソフトが充実してる時もあれば、ちょっと今作品的に模索しても面白いものが無いとか、面白いジャンルが無いとか。そう見えてしまう時もあるよね。自分たちの、作り手だけじゃなくて、それを作ってもらってる業界全体の疲弊っていうか疲れが、たまたま今出てるのかもしれないけれど。

フィリップ:古田さん(編注:古田一晴さん、ちくさ正文館の店長)とか前喋った時に、昔のほうが断然良かった。とか。

仁藤由美:その昔はいつぐらいなのかな。

フィリップ:女優の質が全然違うとか

仁藤由美:(笑)

フィリップ:言い切ってたんですけど。

仁藤由美:でもね、私は逆に新しいもので今を感じるものが見たいなとも思うんだけどね。その、女優さんなんかもさ勿論上手い下手とか。でも、別に上手いからいい映画になる。映画の不思議さがさ、凄くだから舞台で上手いとか。そういうのと、ちょっと違うっていうのかな。映画は。全身が全部見えてる訳じゃ無いじゃないね。だから、やっぱり作り手があって映画を編集したりする人も含めてなんだけど、音もあって色んな環境が全部揃って。その上で、別にだから俳優を卑下する訳じゃないんだけれど、俳優は必ずしも凄く良くなくても、いくらでもいい映画が出来るし。その人が映画の中で良く見えるってこともまたあるんじゃないかと思うんだけどね。

平野勇治:それがさっきの演劇と映画の凄く端的な違いだと思うんだけどね。

フィリップ:なるほど。

仁藤由美:そんなに、ずーっと一時間半なりの時間をさ俳優さんみたいに。舞台俳優さんみたいにキープしなくてもいいんだよね、なんか。映画っていうものはね。瞬間でもいいっていうか映画の要素は物凄く無限におっきいっていうか舞台もどんどん変えることが出来るし。

平野勇治:微妙にわかんないよね。何をもって、昔が良くて今が。っていう風に言ってるのか。昔ある種の役者の神格化。特に今、女優って言ったとするなら、女優の神格化みたいなさ。

フィリップ:原節子

仁藤由美:(笑)

平野勇治:ことなのかもしれないし。今の話の流れで言えばさ、知ってる人が出てくる映画ってのは面白いわけだと思うんだよ。変な話の例えなんだけど。それを自分が見てるその人じゃないその人を見るからなんだけどさ。映画もやっぱりそういうのあると思うんだよね。元々知らない人ばっかり出てる映画であっても、その人の魅力って言ってもいいのかもしれないけどさ。だから、そういう多面的な魅力がもう今の女優には欠けてるって意味なのかもしれないよね。

フィリップ:こういう録音とかでも、多分例えば細野晴臣さんにインタビューするのと。その辺のおじちゃんにインタビューするので話の内容が、もしかしてそのおじちゃんの方が面白くてもみんな細野晴臣さんの方が。わかんないけれど。

平野勇治:それは映画と演劇の違いじゃないかもしれないけど、映画はよりあるような気がするね。細野晴臣だと思って見に行ったら「違う人の方がいいじゃん」みたいなさ。細野晴臣の隣に出ていた人の方が「どう考えても、これいいよね」っていうのはさ、あるんじゃないかな。

仁藤由美:さっき言ってた、ネオレアリズモとかって流行った時に。割とそういう、イタリアなんかでロベルト・ロッセリーニって言ってた、私が好きだって言ってた監督なんかは、大監督だから。勿論好きな俳優選んで作れるっていうイタリアのチネチッタっていう、いいスタジオで。自由に選べる立場でもあったんだけど、逆にあんまり知らない。世界的なスターじゃないような人とか。あと、現実にその仕事を従事してる人とか。限りなくその人たちに近い雰囲気を持った人に俳優にする演出じゃない演出で映画を作っていくっていうようなことをして。勿論、大女優にも逆に。大女優に、ちょっとその女優的な演出じゃない演出で演じさせるとかね。なんか、色んな手法が試されていたんだけれども、本当にそれを見てるとさ。別に、大スターじゃなくても、いい女優とかさ。そういう風な言い方しなくてもいいんだなっていうところもあるよね。勿論、素晴らしい俳優が一杯いて、写真を撮っときたいような。そんな俳優さんとかも、一杯いるんだけど。それとも違うのかなぁ。

フィリップ:どれ、聞いた。聞き出すと、なんでも聞きたくなってはくるんですよ。

仁藤由美:(笑)